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東京高等裁判所 昭和47年(ネ)2385号 判決

控訴人 ケイ・シェリー

右訴訟代理人弁護士 馬場東作

同 福井忠孝

右訴訟復代理人弁護士 佐藤博史

被控訴人 原口歌

右訴訟代理人弁護士 畔柳達雄

同 山内信俊

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人代理人は、「原判決を取消す。被控訴人は、控訴人に対し、金二二二万五〇〇〇円及び内金一九二万五〇〇〇円に対する昭和三九年三月一日から、内金三〇万円に対する昭和四七年二月一日からそれぞれ完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴人代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張並びに証拠関係は、次に付加、訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、それをここに引用する。

一  控訴人の主張

1  原判決三枚目裏六行目から同四枚目表一〇行目までを次のとおり訂正する。

控訴人は本件建物を外国人の生活に適するように設計建築し、本件仮処分の執行を受ける直前である昭和三二年九月一日から同月九日までの間に、控訴人と被控訴人の実母志げをは従前住んでいた被控訴人の建物から追出されて本件建物に入居したが、控訴人は、他にアパートを借り受け、これに志げをを住まわせ、本件建物を米国人クロード・L・マーチンに賃料月額二万五〇〇〇円で賃貸する予定であった。ところが、本件仮処分のため本件建物を賃貸することができなくなったので、そのまま志げをを本件建物に居住させていたのであり、本件仮処分の本案訴訟について昭和四〇年二月一一日上告審判決が言渡された後も、被控訴人は本件仮処分申請を取下げなかったので、仮処分の効力が継続し、控訴人を拘束していた。本件建物の賃貸が不能となったため、控訴人は、昭和三二年九月から昭和四〇年一月まで一か月二万五〇〇〇円の割合による賃料合計二二二万五〇〇〇円を受領することができず、同額の損害を被った。

よって、控訴人は、請求を減縮したうえ、被控訴人に対し金二二二万五〇〇〇円及び内金一九二万五〇〇〇円(昭和三二年九月から昭和三九年一月までの賃料相当損害金)に対する本件訴状送達の後である昭和三九年三月一日から、内金三〇万円(昭和三九年二月から昭和四〇年一月までの賃料相当損害金)に対する昭和四七年二月一日から、それぞれ完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  志げをを他に住まわせることによって生ずる費用は、扶養義務の負担の問題であって、本件建物を他人に貸すことによって生ずる利益の喪失とは関係がなく、損益相殺の対象とはならない。

3  被控訴人主張の共有物分割の合意が黙示的に成立したとの事実は、否認する。

二  被控訴人の主張

1  原判決四枚目裏六行目の「原告は、」から同一〇行目までを次のとおり訂正する。

志げをが控訴人主張の時期に本件建物に入居し、その後引続き本件建物に居住していることは、認めるが、入居の原因は争う。本件建物を訴外マーチンに賃貸する予定であったことは、否認する。控訴人は、志げをを誘惑して被控訴人の建物から転出するよう仕向け、控訴人の意思によって志げをを本件建物に入居させたのである。従って、仮に本件仮処分がされなかったとしても、志げをは引続き本件建物に居住するほかなかったのであるから、控訴人は本件建物を他に賃貸することができなかったはずである。

2  本件建物を他に賃貸して賃料を得るためには、控訴人は志げをを本件建物以外の建物に居住させる必要があり、その場合には、扶養義務の履行として実母である志げをのために賃料を支払うことになるというべきである。従って、一方で賃料を得て、他方で実母扶養のために費用を負担することになり、結局、本件仮処分がなければ控訴人が利益を得ることができたとはいえない。

3  本件仮処分の本案訴訟について、昭和三七年一二月一三日東京高等裁判所において仮処分債務者である控訴人の勝訴の判決が言渡された。被控訴人は右判決に対して上告したが、同判決の事実認定が争点となっていたので、上告審で控訴審判決が取消される可能性はほとんどなかった。従って、控訴人が、右控訴審判決後、直ちに事情変更を理由として仮処分命令取消の申立をすれば、取消の判決を得たはずである。本件仮処分は、右控訴審判決があった後においては、控訴人が本件建物を第三者に賃貸することを禁止する効力を失ったのであり、右時点以降の控訴人の損害賠償請求は、その点からも、理由がない。

4  本件土地を含む土地一六八・四四坪について、控訴人は一〇分の三、被控訴人は一〇分の七の共有持分をそれぞれ有していた。そして、右一六八・四四坪のうち本件土地を除く八〇坪をその地上家屋とともに黒川愛子に売渡して得られた代金六四万円のうち金一〇万二〇〇〇円を被控訴人が、残額を控訴人がそれぞれ取得することになったが、その際、控訴人と被控訴人との間に、控訴人が有していた一〇分の三の持分権を消滅させて、本件土地はすべて被控訴人の所有とする旨の共有物分割の合意が黙示的に成立したものとみることができる。従って、被控訴人が本件土地は全部自己の所有に属するものとして本件仮処分を執行したことに過失はない。

三  《証拠関係省略》

理由

一  本件土地等について訴外玉窓寺から被控訴人に対し所有権移転登記がされたこと、控訴人が本件土地上に本件建物を所有していること、控訴人主張の請求原因第二、三項記載のとおり、被控訴人が、本件土地は自己の所有に属すると主張し、控訴人に対し、本件建物の占有移転禁止の仮処分命令を得てこれを執行し、本件建物を収去し、本件土地の明渡を請求する訴訟を提起したが、結局敗訴するに至ったことは、当事者間に争いがない。

右事実によると、被控訴人は、控訴人に対し仮処分命令を執行したが、本案訴訟で敗訴し、実体法上なんらの権利がないのに仮処分を執行したことになるのであるから、特段の事情のない限り、右仮処分の執行について少なくとも被控訴人の過失の存在が推定されるものというべきである。そこで、本件において右特段の事情があったかどうかについて考える。

二  《証拠省略》によると、本件仮処分の本案訴訟における争点は、本件土地等を玉窓寺から買い受けてその所有権を取得した者は誰かという点にあったのであり、本案訴訟の控訴審、上告審では、本件土地等を買い受けた者は控訴人及び志げを(控訴人、被控訴人の実母)であり、その買入代金一〇万円のうち三万円を控訴人が、七万円を志げをがそれぞれ支弁した旨認定されたわけであるが、あらためて、本件土地等について売買契約が締結されるに至った経緯、同契約締結の際の事情、その後の経過などについて検討することとする。

《証拠省略》を総合すると、次の事実を認めることができる。

1  被控訴人と控訴人とは姉妹関係にあり、昭和二三年初め当時、被控訴人は父原口竹次郎、母志げをと共に東京都大田区北千束町四三七番地富田方に間借りして住んでおり、控訴人は父母から独立して同都港区白金三光町の伊藤治郎左衛門所有家屋の一部を借りて住んでいた。そのころ、控訴人は、自己所有の家屋の建築を思い立ち、東京信託銀行株式会社不動産部に土地買入の斡旋方を依頼し、その指示により、玉窓寺が本件土地等の売却を希望していることを知り、同寺の住職である山志田長博と直接同土地等の売買の下話をしたが、その際は未だ売買契約締結の段階までに至らなかった。一方、被控訴人は、そのころ、音楽家として、ピアノの演奏、弟子のためのピアノのレッスン等を業としており、大きな音を発する関係で、間借住いではピアノの練習、レッスン等が意のごとくならなかったので、心おきなくピアノを弾くことができる、独立した家屋に居住する希望を持ち、父母もまた、いつまでも間借生活では不自由なので、適当な土地を探して居住のための家屋を建てる希望を持っていた。昭和二三年春ころ、被控訴人と父との折合が悪くなり、被控訴人は同年五月ころからほとんど常時前記北千束町の家を明けて控訴人方に寄寓するようになった。そして、控訴人は、被控訴人が土地を探していることを聞き、前記のとおり自己が下話をしていた本件土地等のことを被控訴人に告知し、双方が相談した結果、本件土地等を買い取ることになり、同年の暑いころ、右両名は、連立って前記山志田方を訪ね、同人に同土地等を売却する意思のあることを確かめたうえ、これを代金一〇万円で買い受ける話を決めた。

2  そのころ、志げをは、控訴人及び被控訴人から本件土地等の宅地を購入する話を聞き、右宅地上に被控訴人と自分ら夫婦の三名で住む家屋を建てたい旨を控訴人及び被控訴人に伝えて両名からその了承を得た。そして、本件土地等の代金一〇万円のうち三万円は、同土地等売買の話が決った直後、前記白金三光町の控訴人方で控訴人から山志田に直接交付され、残金七万円は、その後遅くとも同年秋ごろまでに北千束町の志げを方で同人から山志田に交付された。本件土地等の売買について、売主の代理人である山志田は、代金さえ確実に払ってくれればよいのだし、相手方が肉親の間柄でもあったので、買主が誰になるかについては余り留意せず、それを確かめたこともなかったが、控訴人、被控訴人及び志げをは、相談のうえ、便宜上、右三名が当時本件土地等の買受人の一人と考えていた被控訴人の名義で登記することとし、その旨山志田に申入れた。同人は、同年一一月一六日本件土地等について被控訴人名義に所有権移転登記を経由し(被控訴人名義に所有権移転登記を経由したことは、当事者間に争いがない)、一方、本件土地等の登記済権利証は控訴人に交付され、同人が保管していた。

3  本件土地等の上に相前後していずれも建坪一九坪五合の家屋が二棟建築されたが、これらの家屋の建築工事は昭和二三年九月ごろ着手され、翌二四年二月ごろ完成した。右二棟の家屋の建築のための手続、請負契約についての交渉等は、いずれも、控訴人が取り運んだが、二棟のうち北側の家屋は、ケイ・ハウス新築工事という名のもとに、控訴人が建築資金約五〇万円全部を支出して建築され、後日家屋番号赤坂青山南町二丁目七三番の三(以下三号の家屋という)として控訴人の所有名義で保存登記され、南側の家屋は原口邸新築工事という名のもとに建築され、その建築資金約五〇万円は、被控訴人と志げをとが協力して捻出した金員、即ち、父母が被控訴人にかつて買与えたグランドピアノの、訴外室田有に対する売却代金の一部、父母が被控訴人のために準備した結婚衣装の売却代金の一部、被控訴人及び控訴人の姉に当る金平愛子が、右家屋建築支援のため、被控訴人に与えたカメラ(ライカ)の売却代金、その他志げを所有の有価証券等の売却代金等のうちから支弁され、右家屋は、昭和三二年八月三〇日家屋番号前同町二丁目七三番の四(以下四号の家屋という)として、被控訴人の所有名義で保存登記された。

4  被控訴人は、昭和二三年一二月一九日ころ、四号の家屋が未だ完成しないうちに、寄寓先である前記控訴人方から同家屋に転居したが、父は被控訴人と折合が悪く、被控訴人とともに四号の家屋に住むことを首肯しなかったため、父母は前記北千束町の住居にとどまった。そして、父竹次郎が昭和二六年二月二六日同所で死亡した後、志げをは四号の家屋に転居し、同人は、昭和二九年一二月被控訴人がスイス留学のため渡欧するまでの間、同家屋に被控訴人とともに住んでいた。一方、控訴人は、昭和二四年の初めころ、三号の家屋に転居したが、昭和二五年半ばころ、同家屋は一人住いの身で使用するには不便だということで、被控訴人及び志げを了承のもとに、四号の家屋に接してその東側に本件建物を建築し、昭和二七年一二月二三日控訴人の所有名義に登記し(控訴人が本件建物を所有することは、当事者間に争いがない)、そこに移り住むとともに、昭和二五年九月二五日ころ、三号の家屋を、その敷地八〇坪とともに、訴外黒川愛子に対し金六四万円くらいで売却した。控訴人は、右家屋及びその敷地のうち敷地については被控訴人にも持分権があると考え、その対価として、そのころ、黒川から受取った代金のうちから一〇万円くらいを被控訴人に交付した。

5  被控訴人は、昭二九年一二月ころから同三一年四月ころまでの間、音楽の勉強のためスイスに留学し、被控訴人と控訴人とは昭和三〇年暮ころから折合が悪くなり、その後全く仲違いするようになってしまい、また被控訴人と志げをとは、昭和三二年正月ころまで、親子として仲むつまじく過してきたが、その後折合が悪くなってしまった。

6  昭和二四年分から同三一年分までの本件土地の固定資産税は、被控訴人の前記スイス留学中の期間志げをが払った分を除き、被控訴人が納付した。

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

以上認定の事実を総合して判断すれば、本件土地等の買入は、当初控訴人が企画し、その後被控訴人が、更に志げをが加わり、以上三名の関与のもとにされたものであり、売主側との買入交渉に当ったのは控訴人及び被控訴人であるが、買入代金一〇万円のうち三万円を控訴人が、七万円を志げをがそれぞれ支弁している点からみて、特段の事情のない限り、その登記簿上の所有名義人は被控訴人であっても、その実質上の買主は買入代金を負担した控訴人及び志げをであって、本件土地等、従ってその一部である本件土地は、右両名の共有に属し、反証のない限り、土地買入代金支弁の割合からみて、本件土地について、控訴人は一〇分の三、志げをは一〇分の七の各共有持分権を有するものというべきである。

そこで、被控訴人の過失の点について考えると、右のとおり本件土地等は控訴人及び志げをの共有に属したものと認められるのであり、本件土地等が被控訴人の所有名義に登記されていたとしても、それは、前認定のように、控訴人、被控訴人及び志げをの三名が、当時被控訴人を本件土地等の買受人の一人と考えていたことによるものであるのにすぎず、ひっきょう権利関係を誤解した結果にほかならないから、被控訴人において本件土地が自己の所有に属するものと信ずるについての合理的な理由とはならない。なお、昭和二四年分から同三一年分までの本件土地の固定資産税は、被控訴人のスイス留学期間中を除き、被控訴人が納付していたことは、前認定のとおりであるが、それは、本件土地が被控訴人名義で登記されていたため固定資産税が被控訴人に賦課された結果によるものと考えられるから、前記のとおり、被控訴人所有名義で登記されていたことが被控訴人の所有に属するものと信ずるについての合理的な理由とならない以上、被控訴人が本件土地の固定資産税を納付していた事実も、同人が本件土地を自己の所有に属すると信ずるについての合理的な理由とはならないというべきである。また、控訴人が本件土地等の一部を、地上家屋とともに、訴外黒川愛子に売却し、その代金のうち一〇万円くらいを被控訴人に交付したとしても、それは、前記認定のとおり、控訴人が右売却土地については被控訴人にも一部の権利があると考えていたため、その対価として交付したものであり、前同様、権利関係を誤解したことに基づくにすぎないから、被控訴人が本件土地を自己の所有に属するものと信ずるについての合理的な理由とはならないというべきである。被控訴人は、本件土地等について被控訴人が一〇分の七の共有持分を有していたとし、その一部を地上家屋とともに訴外黒川愛子に売却して得た代金のうち一〇万二〇〇〇円をみずから受取り、残額を控訴人が取得した際、控訴人と被控訴人との間に、控訴人が有していた一〇分の三の持分権を消滅させ、本件土地はすべて被控訴人の所有とする旨の共有物分割の合意が黙示的に成立したとみることができるから、本件土地は全部自己の所有に属すると信じたことに過失はないと主張するが、被控訴人が本件土地等について一〇分の七の共有持分を有しなかったことは叙上のとおりであるから、右主張は、その前提を欠くものというべきであり、採用することができない。以上の次第で、被控訴人が本件土地は自己の所有に属すると信じたことについて特段の事情があったことは認められないから、被控訴人は過失の責を免れることができない。

三  次に、損害の点について判断する。《証拠省略》によると、昭和三二年一月ころから被控訴人と不仲となっていた志げをは、控訴人から賃借していた米国人が転居したため本件建物が空屋になった折をみて、同年九月初旬、自己の意思で本件建物に入居し、その後現在に至るまで継続して本件建物に居住していることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。控訴人は、本件仮処分執行当時、本件建物には志げをが居住していたが、同人を他に転居させて本件建物を米国人に貨貸する予定であったところ、本件仮処分があるため同建物の賃貸が不能となった旨主張するが、本件建物に居住中の志げをを他に転居させて同建物を他人に賃貸できるような状況にあったことは、本件に現われた全証拠によっても認めることができない。

そうすると、本件仮処分の執行がなかったとしても、志げをが本件建物に居住する限り、他人にこれを賃貸することは不可能であったということになるから、同建物の賃貸が不能であったことと本件仮処分の執行との間には因果関係がないというべきである。結局、本件仮処分の執行により控訴人主張の損害が発生したとは認められない。

四  よって、控訴人の本訴請求は失当であるから、これを棄却した原判決は結局正当であり、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第九五条、第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 枡田文郎 裁判官 山田忠治 古館清吾)

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